Vol.2
ローズマリー・ポーテラ博士、自然資本プロトコルを語る​

企業活動が自然資本に及ぼす影響や自然資本への依存度を測定・評価する「自然資本プロトコル(Natural Capital Protocol)」が、今年7月に、自然資本連合(The Natural Capital Coalition)によって発表されます。プロトコルはどのように開発され、政策にどのような影響を及ぼしうるのでしょう。科学技術面からプロトコルの開発をリードした、コンサベーション・インターナショナル(CI)のローズマリー・ポーテラ(Rosimeiry Portela, Ph.D.)博士に伺いました。

ローズマリー・ポーテラ博士(Ph.D. Rosimeiry Portela)
コンサベーション・インターナショナル、海洋・科学研究所ムーアセンター経済チームのシニア・ディレクター。自然資本プロトコル開発 技術リード。ブラジル出身。Maryland大学研究機関で生態系経済学の博士を修得。2010年生物多様性条約のCOP10に参加するため名古屋を訪れて以来、2度目の来日。


「自然資本プロトコル」正式リリースに向け、高まる関心

---コンサベーション・インターナショナル・ジャパン(CIジャパン)による自然資本に関する国際シンポジウムは、2014年秋以降2回目です。今回のポイントはどんな点だったのでしょう?

ポーテラ: まさに、7月に公開される自然資本プロトコルそのものです。8年もの歳月をかけ開発に関わってきたプロトコルが、ようやく形になろうとしています。草案に対する一般からのフィードバックを受け、7月14日にロンドンで公開記念イベントが開催される予定です。

---自然資本プロトコルのポイントは何ですか?

ポーテラ: 自然資本プロトコルは、ビジネスが、自らが関連する自然資本に対する影響や依存度を測り、価値評価する、標準化されたアプローチです。例えば、製造、加工、流通、消費、リサイクル、廃棄などにかかる社会・環境のコストを把握したり、不可欠なサービスの価値や自然稀少性のリスク、厳しい環境政策下でのアセット価値を考慮することに使われます。こういった評価を財政データと合わせることで、よりよい経営判断ができるようになります。

---プロトコルは、主に企業内のどの部門の人たちに活用されるのでしょうか?

ポーテラ: サステナビリティを担当する部門の社員によって使われることが多いですね。彼らは、こういった分野に詳しいですから。しかし同時に、他の部門の理解を得ることも重要です。例えば、情報・データ集約に関してはオペレーション部門が関係するでしょうし、シニアマネジメント層の理解があることが、社内でのチームワークを進める上でも重要です。この分野でリーダーシップを取っている企業は、CEO(最高経営責任者)が社内に積極的に働きかけています。

---先進事例として、インドのTATA社からもプレゼンテーションがありましたね?

ポーテラ: TATA社によって示されたリーダーシップや熱意は、プロトコルにとって重要な意味を持ちます。このように企業の実践例を知ることで、導入を検討している各社が、事業上の関連性を明確にすることができますし、ビジネスケースが証明されている、リアリスティック(現実的)である、そしてチャレンジ(課題・挑戦)もあるということも含め、具体的な理解が深まります。

---今回のシンポジウムでの、参加者の反応はいかがでしたか?

ポーテラ: 企業や政府から多くの人が参加し、日本の人たちの関心の高さにとても感銘を受けました。多くの質問もありました。例えば、「どのようにアセスメントをデザインし、意思決定に活かすか」「アプリケーションのタイプ別の活用方法」「社内外のリソースをどう活用するか」など具体的な運用方法や、自社の参考になる事例にも関心があるようでした。

---SDGs(2030年までの持続可能な開発目標)が国連で採択されたことも、プロトコルが広がるきっかけとなるでしょうか?

ポーテラ: そう思います。SDGsには、例えば「持続可能な生産と消費(目標12)」といった、自然資本に関連することがいくつも盛り込まれています。企業活動の自然への影響を測る上で、プロトコルは非常に役立つツールといえるでしょう。実際、私のCIの同僚が、SDGsの指標づくりに関わっています。自然資本プロトコルがSDGsの指標に組み込まれれば、国家レベルでの政策にも影響が及びますし、自然資本の状況が定期的に観測・集計されるようになることが期待されます。

「理論と実用の融合 -プロトコル開発の裏側

---ところで、自然資本プロトコルはどのように開発されたのですか?

ポーテラ: プロトコルの開発は、自然資本連合によって行われました。自然資本連合は、自然資本をビジネスに活用するためのマルチステークホルダーによるプラットフォームで、自然資本プロトコルは、持続可能な開発のための世界経済人会議(WBCSD)と国際自然保護連合(IUCN)が主導する二つのコンソーシアムの下で行われました。

---CI、そしてポーテラ博士は、プロトコルの開発においてどのような役割を果たしたのでしょう?   

ポーテラ: CIはプロトコルの開発をリードするWBCSDのもとで、科学技術面を担当してきました。技術グループにはCIの他にWWF(世界自然保護基金)や学術界、PwC(プライスウォーターハウスクーパーズ)、デロイトといったコンサルティング・ファームらが関わっています。CIからは約25人のスタッフが参加しました。プロセスをリードする人、メインの執筆者となる人など多様な人たちが関わっていますが、定期的にコアメンバーで集まり、品質管理やレビュー、タスク管理をしています。私は主に、最新の科学技術がプロトコルに適切に反映されることを確認する役割を果たしました。

---プロトコル開発の上でどのようなことを意識しましたか?

ポーテラ: 多くの人や組織が関係していますので、複雑になりがちな理論をいかにシンプルに整理し、使い勝手のよいものにするかを意識しました。プロコルは4つのステージと10のステップから構成され、各組織が必要とするアセスメントのステップに沿って使えるものとなっています。地球上のどの地域でも、どんなセクターの人も自然に与えるインパクトや相互依存性を図ることができるようになればと考えています。

自然資本プロトコルに示された4つのステージと10のステップ---プロトコルの活用を推進するために、どのようなことが計画されていますか?

ポーテラ: 産業向けのガイドラインの作成が予定されています。業界によって動きは異なりますが、自然資本プロトコルと食品・飲料とアパレルのセクターガイドが既に作成されています。

​自然資本プロトコル開発への想い

---ポーテラ博士は、この仕事に非常に多くの情熱を捧げているようですね。

ポーテラ: はい。私たちは生きていく上で必要なあらゆるものを自然の恵みから受け取っています。ですから、サステナビリティや自然保護に科学を活かしていけることは、私にとって、とてもやりがいを感じる仕事なのです。経済学と生態学の知識を結びつけていくことも楽しいことですね。

​---自然資本は比較的新しい概念ですが、この分野に関心を持つ人も多いのではないしょうか?

ポーテラ: その通りです。分野をまたぐ研究ですので、いろいろな人と知り合えますし、とてもやりがいのある仕事です。私のチームにはいろいろな人種の人が参加しています。衛星から使うデータを使ったりもするんですよ。例えば、森林や湿地などの情報を使って、時間軸を追ってその状態や変化をコンピュータでモデリングしていくんです。知的な刺激を大いに受ける仕事です。水に着目した研究では、分水地点や森林や河川の状況、パターンなどを観測することで、水循環の仕組みをモデリングし、データで示すこともできます。例えば、水利用の変化がどのような影響を及ぼすかといった、人間の生活が及ぼす影響もありますね。森林利用の変化も、水流や土壌放出などに与える影響を測れます。そういったデータは、例えば「よりよい水利用とは何か」を考える根拠として活用されるのです。

---政策提言に科学を活かしていくのですね。

ポーテラ: はい。例えば、森林伐採の影響に関する予測データを示し、伐採を制限する政策をつくったらどうか、あるいは保護のためのインセンティブを与えてはどうかなど、国家政府に対して政策対話を行います。実験を通じて科学的理論を検証し、国際会議などの場でその成果を発表し、政策立案者のためのガイドラインを作る。それが国連のSEEA(System of Environmental-Economic Accounting:環境経済会計システム)などにも反映されています。国連の統計局もこういった情報をさまざまなガイドライン作成の参考に活用しています。

---今度どのようなことに取り組んで行きたいですか?

ポーテラ: 公的セクターと民間セクターのコネクション(接点)を育てていきたいです。マクロ、マイクロ、それぞれのレベルでことを進める上で、両セクターがどのように連携し、意思決定をしていくか。ケースによってトップダウン、ボトムアップのいずれかが効果的かも異なることでしょう。セクション間での協業が進むことを楽しみにしています。

---日本へのメッセージをお願いします。

ポーテラ: 日本は美しく、素晴らしい国だと思っています。環境省の方に会いましたが、若い方もとても知識が豊富で、とても感銘を受けました。企業の人たちもとても熱心です。これからの日本の活躍を、益々楽しみにしています。


<参考リンク>
自然資本プロトコル国際シンポジウム(2016年2月15日)概要ならびに報告資料
ローズマリー・ポーテラ博士プロフィール詳細


取材・執筆 今井 麻希子(Yukikazet)

◆スタッフインタビューは、ライターの今井麻希子さんに取材執筆を頂いています。シリーズの今後にご期待下さい!