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自然を守ることは人間を守ること
​~CI本部ブログより
 
 
 
 
 
ウィル・ターナー
 

ボルネオであなたがまず気づくことのひとつに、飛行機の着陸がいかに難しいかという点があるでしょう。私が初めてボルネオを訪れた際には、空を覆っている煙にわずかな隙間ができるまで、州都パランカラヤ上空で30分間も旋回し続けなければなりませんでした。

多くの熱帯地域と同様、ボルネオでは火災が蔓延し、その影響は広がりつつあります。

           インドネシア・中央カリマンタン
© リニ・スレイマン/ノルウェー大使館・国際森林研究センター(CIFOR)​​
 

インドネシアでは、毎年200万エーカー(81万ヘクタール)以上の熱帯雨林が破壊されています2000年から2010年にかけて、ボルネオの多様な泥炭林やその豊かな土壌の約4分の1が干上がってしまい、燃やされ、そして更地となってしまいました。


ボルネオを訪れる前から、私はオランウータンの窮状を耳にしていました。彼らの住処である森が消えるにつれて、何千匹ものオランウータンが息絶えていくのです。また、森林が消滅することで気候変動が引き起こされるという、森のあまりに重要な役割についても知っていました。しかし、これらの生態系へのダメージが、人間の健康に与える影響については、私はあまり理解していませんでした。

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森林を燃やすということは、私にとってはただの迷惑行為に過ぎませんでしたが、現地の人々にとっては死活問題だったのです。

 

これらの火災やその長期的な影響による死亡者数を厳密に数えるのは難しいものの、これまでの火災で生じた空気中の微粒子によって、この地域の高齢者および幼児の最大の死因のひとつとなっている肺炎の発生件数だけでも、525倍に増加しています。

森林火災は、ボルネオ島に暮らす人々の健康を脅かすだけではありません。ボルネオの川では、金を採るために川の堆積物を精錬する船が多数航行しています。ボルネオに暮らす人々が魚を捕まえたり養殖をしている川に、彼らは何トンもの水銀を流しているのです。水銀汚染は、河岸生態系を傷つけ、縮小させているだけでなく、食料供給や日々の暮らしを川に頼っている何千人もの人々に、漁獲を減少させ、より毒性を高めるなどの悪影響を与えているのです。カハヤン川の港の一部からは、許容基準の二倍以上もの水銀が検出されています
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インドネシア・中央カリマンタンのカハヤン川で泳ぐ少年

         ©ウィル・ターナー​


インドネシア・中央カリマンタンのカハヤン川で泳ぐ少年©ウィル・ターナー

私はもやもやとした思いを抱えながら、ボルネオを後にしました。他の場所でも、戦争やHIV、そしてニュースの見出しになるような惨状が私たちの関心を集めています。しかし、人間の苦しみのほとんどは、世間の関心を集めるような事柄ではなく、環境の悪化や生態系の損失などの、健康で生産的な生活を営む機会を破壊してしまうような、静かな惨劇からもたらされているという、悲しい現実があるのです。

ボルネオでは、ゆるやかに燃やされていく泥炭林と、着実に広がる水銀汚染が、静かに、でも深刻に、そこに暮らす人々の暮らしを脅かしています。

 

人間の健康にとって自然環境が重要であるという考え方は、決して新しいものではありません。2000年以上前から、この考え方はヒポクラテスの精神の中で(そう、そのヒポクラテスです)最も重要なこととされていました。しかし、健康にとって重要な他の要素と比べると、自然環境はあまり重視されてこなかったように感じます。例えば、病気の拡散方法について研究を積み重ねてきたように、私たちは何世紀にもわたって多くの公衆衛生を実践してきましたが、健康を守るためにいか​に丁寧に生態系を管理すべきかについては、ほとんど何も行ってきませんでした。​

 

これほど長い間にわたって自然のライフラインをないがしろにし続けてきた理由の一つには私たちの健康と環境がいかに密接に関わっているかを、単に知らなかったということが挙げられます。しかし科学が進歩したおかげで、急速にこの状況は変わりつつあります。

私は最近、
科学者および公衆衛生の研究者らと共に、人間​の健康と生態系の関連性に関する研究に携わりました。米国科学アカデミー紀要に掲載されたこの研究成果は生態学的な健全性が人間の健康の実に広範囲にわたって関連していることを明らかにしました

  • 栄養: 全世界で、栄養不足は死亡や障害を引き起こす主要因となっており、特に子供たちにとって深刻な問題となっています。世界中の3分の1の作物が、昆虫や鳥、コウモリによって受粉しており、人間の食生活における栄養やカロリー摂取の大部分にとって、自然は重要な役割を果たしています。一方で、漁業や野生動物もまた、何十億人もの人々にとって重要な栄養源となっています。野生動物の肉がなければ、マダガスカルの子供たちが貧血に陥るリスクは、最低でも30%高くなると考えられており、その他の病気や死に至るリスクも同様に上昇すると考えられています。野生動物の世界的な減少は、野生から採取できる食べ物は家畜や栄養補助食品で代用が効かないという理由から、最悪の影響とともに栄養危機をもたらします

  • 災害健全なマングローブ林や他の沿岸の障壁は、暴風雨から現地のコミュニティを守ってくれます。インドのオリッサ州で発生したサイクロンについて、もしマングローブ林による保護がなければ、村々ではおよそ3倍もの死亡者を出しただろうと研究者たちは推測しています。マングローブ、サンゴ礁、湿地、そして砂丘の損失により、世界の沿岸部に暮らす何百万人もの人々の暮らしが脅かされています。​

  • 感染症: 狩猟や生息地の破壊など、人間の様々な活動が野生動物の生息状況を変えてしまい、多くの場合、予期せぬ重大な結果を引き起こしています。健全な野生動物の個体数は、生態系の継続的な機能に好影響をもたらし、感染症の拡散を未然に防ぐこともできます。例えば、パナマやブラジルのアマゾンでは、哺乳類の種の多様性の減少が、人間のシャーガス病感染リスクの増加と関連していることが知られています。

  • 気候変動: 数百万本のマッチによって発生した火災、そしてブルドーザーやなたによる伐採など、様々な問題に起因する世界的な森林損失の様々な影響は、すべての乗用車から排出される二酸化炭素の総量をはるかに上回っています。こうした人為的な温室効果ガスの排出に起因する気候変動が続けば、熱ストレス、大気汚染、感染症の拡散、呼吸器アレルギー、自然災害、食料供給や水の枯渇などの人間の健康への様々な影響を引き起こします。​

  • 間接的な影響生態系の損失によって生じる様々な影響には、直接的なものはむしろ少ないのです。ベリーズでは、耕作地で使用される肥料が、はるか下流の湿地で植生の変化を引き起こしたという事実を明らかにするために、詳細な調査が行われました。沿岸部の住民にとっては残念ながら、これらの変化は、より強力にマラリアを媒介する様々な種類の蚊の繁殖を促進していました。ある場所で行われている農法が、遠く離れた場所で予期せぬマラリアの爆発的感染を引き起こしていたのです。​
私たちが破壊し続けている生態系が、人間の健康維持に欠かすことのできない多様なニーズのために重要であるという事実が、どんどん明らかになっています。しかし、国やコミュニティ、そしてそれぞれの家族が持つこうした影響に対処するための能力は、決して平等ではないのです

豊かな国では、漁獲量が減少したとしても、メニューを変えたり、買い物が不便になったりするだけで済みます。し
かし他の国では、それが死活問題になりうるのです。代わりの食料源を持たず、公共インフラに乏しく、また限定的な医療や保険しか持たない世界の貧困層の人々が、最も直接的に環境の損失による影響を受けるのです。

しかし、お金ですべては解決できるのでしょうか?
2013年、世界で最も生産的な経済と最も賞賛される医療システムを誇る国のひとつであるシンガポールは、近隣のインドネシアで起こった森林火災による煙で甚大な被害を受けました。大気の状態が国内で初めて「危険」レベルに達し、住民は心肺疾患を訴えて病院へと殺到しました。

アメリカでは、ライム病が毎年何千人もの人々を潜在的に衰弱させる一方で、
2012年には西ナイルウィルスによって約300人のアメリカ人が亡くなりました。これらのふたつの病気について、野生動物種の多様性が減少している場所で感染リスクが高まるという研究報告もあります。これらの事実によって、種の数が多いほど、病原を効果的に媒体する特定種の影響を「薄める」ことができる、という理論が支持されつつあります。

私は今、テキサス州オースティンにある病院でこの文章を綴っています。
ここ一週間ほどの間に、私の父はほとんど全ての治療薬への耐性を持つ細菌によって、命が脅かされるほどの感染症を経験しました幸いなことに、父の容態は回復しつつあります。ジョークを言ったり、孫のことを話す父の姿を見ていて、私は父に静脈投与されているバンコマイシンという抗生物質に気がつきました。私は、この抗生物質が世界で数少ない「最終手段」であり、その起源は、遠く離れたボルネオの森の一握りの豊かな土であることを思い出しました

地球上の生物多様性は、実のところ、全ての医薬品の半分以上を生み出してきた化合物とイノベーションの宝庫であり、未だに治療方法が見つかっていないガンやマラリア、そして次の新興感染症の治療法を秘めている可能性もあります。

私たちは地球上の森林、サンゴ礁、湿地やその他の生態系を壊しながら、それと同時に、
暴風雨から私たちを守ってくれる障壁や、大気のフィルター、貯水塔、薬蔵庫に火を放っているのです。しかし私たちは、この流れを変えることもできます。自然と共に歩むことで、持続的な人間の生活を営むのに不可欠な、力強い生命力を解き放つこ​​とができるのです。

死や苦しみを避ける事ができるという考え方によって医学が推進され、人間の在り方を完全に変えてきました。私たちは、
生態系の損失が健康へもたらす影響や、生態系の恩恵によって救われる無数の命について、急速に学びつつあります。人間の暮らしを守り、改善するために、こうした知識を活用するのを、いったいいつまで待つ必要があるのでしょうか?